院長ブログ

総合診療整形外科

総合診療内科という診療科があります。

近隣では名古屋第2日赤病院や、私の古巣である名古屋医療センターにもあります。

これは、あまりに内科という科目が
循環器内科、呼吸器内科、内分泌内科、神経内科、膠原病内科、血液内科、、、
と、細分化、専門分化してきたために、
そのアンチテーゼとして必要とされ、生まれて来た科でもあります。

これまでオールラウンドに研修してきたはずの研修医ですら
3年目のレジデント医師になると、
循環器内科のレジデントは、これは心臓の問題ではありません
呼吸器内科のレジデントは、これは肺の問題ではありません。
と、「当科的な問題ではありません」と、
専門分野のパターン診断のみに当てはめて、
当てはまらないものは引き受けない。

僕も医療センターでは研修医の教育をしながら、
「お前ら、これまで2年間いろんな科をローテートして、
内科の基本は勉強してきたんじゃないのかよっ!」
と、専門家に属したとたんに
大した経験もないのにいっぱしの専門家ぶるレジデントに
嫌気がさしたもんです。

結局様々な科をたらいまわしになり割りを食うのは
しっかりと診断の付かない患者さんです。

そんな医療に疑問を持ち、
診断という点と、様々な問題を同時に抱えた患者さんを
自分の科で引き受けて問題点をきちんと整理して
それぞれの専門家との協調関係を保ちながら
全体としてその患者さんを診ていく。
そういった専門分化した医療に対するアンチテーゼが
総合診療科とも言えます。

今僕がやっている整形外科という科は
内臓以外の身体の痛みと外傷のすべてを扱う科で
考えるべき内容もとても幅広いものです。

そして、整形外科の扱う筋骨格系、運動器は
呼吸や循環、内臓機能とも密接な関連を持っています。

内臓が正常に機能するためにも
姿勢を整え、呼吸を整え、適度に運動し、循環を改善し、
禁煙し、栄養バランスを整え、しっかりと休養し
筋肉の疲労回復と、正常な骨の代謝バランスを整えることが
とても大切です。

現在僕は1999年に医者になってから19年目になります。
2年間の内科研修と1年間の救命救急研修が僕の基礎になっており
16年間骨折や身体の痛みを整形外科として診療しながら
12年間リウマチの診断、治療を行っています。
そして、開業してからの7年間はもっぱら筋膜性疼痛症候群MPSの治療にも傾倒し
これまでの整形外科診断学、リウマチ学では治せなかった
筋肉筋膜の痛みを抱えた患者さんに注射、内服、リハビリの複合治療と
鍼灸治療やリラクゼーションと言った代替医療の力も借りつつ
向かい合っています。

いわば、内科、救急、リウマチ学をベースとした
総合診療整形外科医
が、今の僕のあり方であり、ずっと上り続ける山でもあります。

まだまだ勉強することは山ほどありますが、
勉強するたびに患者さんの悩みを一つ一つ解決できるようになることも
医者という仕事が楽しいところでもあります。

幅広い視点で患者さんを受け止め、
問題点の交通整理をしながら
今ある痛みの原因を、限られた時間の中で
その人の持つ病気、生活習慣と生きてきた歴史から紐解く
シャーロックホームズのような総合診療整形外科医に
開業7年で少しでも近づけたかな、、、、。

2018.07.11 | コメント(0)

川澄敬記念シンポジウム 小児がんのこれからを考える

昨年、息子の同級生が悪性リンパ腫で亡くなりました。

今日はその、川澄敬くんの記念シンポジウムが開催され、僕も聴講してきました。

名古屋大学の小島医師、小児がん基金などのご尽力で開催された会です。

川澄くんのお父さんからは、子供の気持ちとしてご講演がありました。

川澄くんは1ヶ月ほど咳が続き、検査したところ悪性リンパ腫ということがわかりました。

化学療法など
一月200万円以上かかる治療です。
小児慢性医療、健康保険などにより、家族の負担は1万円で済みます。

川澄くんは、それを知った時
自分の治療の199万円分は他の人が払ってくれているんだね。
だとすれば、病気が治ったら、その分みんなに恩返しのできる人になる。
と言っていたそうです。

また、川澄くんは、僕が個室を使っていたら他の重症な子達が個室を使えないね。だから僕は相部屋でいいよ、とも言っていたそうです。

川澄くんは17歳でその生涯を全うしましたが、その想いを継いで、ご家族は御香典を名古屋小児がん基金にご寄付され、今日のシンポジウム開催につながっていったとのことです。

敬くんは、日本で初めて火星に行った宇宙飛行士になりたいと言っていたそうです。

僕たちが生きている今は、誰かが生きたかった未来です。

敬くんは、
僕は全然この病気のことを憎んではいないよ。僕はもうこの病気を許したよ。
と最後に言っていたそうです。

お父さんは、敬くんとスターウォーズも見に行きたかったし、連れてくる彼女も見たかった。大学でどんな勉強をするのかも見届けたかった。医療が発達して、自分のような思いをする家族がいなくなれば、敬くんの人の役に立ちたいという思いがかなったと言えるのではないかとお話しされていました。

その後、お子さんを小児がん 神経芽細胞腫で亡くしたお父さんがお話しされました。

あと数ヶ月で子供が死ぬ。
死んでしまうのではなく、今を生き抜いていると思った。
その輝きは、死んでもなくならない。
死んでしまうと思った瞬間に、そういった子にみえてしまう。
今を慈しんで過ごしてほしい。

もう頑張らなくていい。
もう逝きなさい。死になさい。
それが親にできる最後のことだった。

痛みと苦しみをとってもらうために鎮静剤を投与してもらった。

それ以上の延命処置は望まなかった。

今をどう寄り添うか、尊厳ある生を見た。
尊厳ある死は、尊厳ある生の向こうにある。

医学は科学。医療は人間愛。
科学だけでは人は癒されない。

清拭を行うタオルが冷たいからと、暖かいものに変えてくれた看護師に教えられた。

みんな同じ。
みんな生きていく中で悲しみや劣等感を抱えていると気づいた。

死なれる体験は、人生を失うことではない。
いっぱい泣いて、新しい人生を再構築すること。
そして、意味あるものにするために、一緒に物語ること。
今があるのは、あのおかげと今は思える。

今日のシンポジウムで、川澄敬くんの命のバトンが今日受け渡されています。
と、締めくくられていました。

主治医の先生からのお話では、
寛解を維持していたところで再発が見られたとき、聡明な彼にどのように事実を伝えるか悩んだ。
しかし彼はそれも思いやるように、ただ頷いた。
放射線治療、移植後には幸い持ち直し家族旅行に行けたが、その後も日に日に呼吸状態が悪くなっていった。
亡くなる前にまで、先生ありがとうございました。お陰で家族で旅行に行けました。と医療者を気遣ってくれていた。
治らない病気を治るようにしていかなくては医療の発展はない。
世界で確立されてから日本に導入するのでは、日本の医療はいつまでも遅れたままである。
まれな小児がんなどの病気では、世界最先端の治療をいち早く取り入れるような制度づくりが必要である。
と締めくくられました。

最後に小児科医小島先生からは
日本の医療費は限られていて、いづれ国民皆保険も持たなくなるかもしれない。
しかし医療はすべての子供に平等でありたい。
そのための新しい仕組みづくりが必要かもしれない。
と提言がされました。

最後に息子が友人代表としてスピーチに立ちました。
そこには、文化祭の様子を聞きたがったり、親に内緒で入院中にゲームに課金したりと、等身大の敬くんの姿とともに、友人の死を受け止める17歳の心の変化がありました。

司会の矢野きよ実さんは
締めの言葉として上に向かって、
敬くんに拍手〜
と会場の拍手を誘いました。

川澄敬くんの命をつなぐ3時間でした。

2018.01.14 | コメント(0)

人間がすごいのは弱いから

当院に慢性のコリや痛みで来院される患者さんのなかには、とても自分にコンプレックスを持っている方がいらっしゃいます。

私にはあれも無い、これも無い、あれもできない、これもできない。

そして、自分が悪いと内に刃を向ける人と、他人と環境が悪いと外に刃を向ける人がいます。

そのバランスを少し整えて、なんとかなるさ、死ぬわけでは無い、と気楽に考え、気持ちの切り替え方を知り、自分のためだけの癒し時間を持つこと。

自分のなかのイライラや不安を外側から客観視して、自分と環境を冷静に考えて、他人に期待するのではなく自分には何ができるのかを前向きに考えること。

そのヒントを患者さんに提案するのも、慢性の痛み治療には大切なことなんです。

今日はメルマガ 人の心に灯をともす から、こんなお話のご紹介です。

【人間がすごいのは弱いから】№2558

西田文郎氏の心に響く言葉より…

人は自分にないものを持っている人を尊敬します。

他人を敬うこと自体は素晴らしいことです。

ところが、自分が持っていないものだけに意識を向けていると、「あれもない、これもない」とマイナスの錯覚を起こしてしまいます。

そうした考えから脱するには、「有無・無有の思考法」が役に立ちます。

つまり、「相手にあって、自分にない」という思考を逆転して、「相手になくて、自分にある」ことを考えてみるのです。

私は企業の社員教育にいくと、物事を逆から見るという訓練をさせます。

たとえば、支店に勤めている人は、本店に対してコンプレックスを抱いている人が多い。

どうせ、支店では大したことができないと思っている傾向にあります。

そういう場合には、「本店にあって支店にないものは何ですか」と一方思考で考えさせると、「やっぱり本店はすごい」と思って勝てなくなってしまう。

ところが、逆から見てもらうと「支店にはあれもある、これもある」とどんどんアイデアが出てくるのです。

人間がすごいのは弱いからです。

像やライオンより強いからではありません。

人間は弱いからこそ、自分にあって相手にないものを常に脳に問いかけてきた。

だからこそ、人類はここまで発展してきました。

そもそも、世の中に絶対ということはありません。

いままでこうだと決めつけていたことも、逆の立場になってみると、違った側面が見えてきます。

この逆からの発想が、いつの間にか自分が絶対と決めつけている「正しさ」に拘泥(こうでい)していることに気づくための、もっとも有効な方法です。

一つひとつ逆から見る癖をつけておくと、自分と反対意見を持った人がいても「そういう考え方もあるよね」と受け入れられるようになります。

そうすると、世の中から喧嘩や争い事がなくなるはずです。

自分だけが正しいと思ったら、破滅が始まります。

自分の「正しい」をやめる勇気を持ちましょう。

それが悪い錯覚を外すためのもっとも重要なポイントです。

そして、それが進歩や進化につながっていくのです。

『錯覚の法則』大和書房

我々は錯覚や思い込みの達人だ。

一度こうと思ったら、その考えからなかなか抜け出せない。

たとえば、業界一位の会社には到底追いつけないし勝てないとか、スポーツでいうなら○○秒の壁は破れないとか優勝は絶対無理とか。

「打つ手は無限」という滝口長太郎さんの詩がある。

【打つ手は無限】

すばらしい名画よりも

とてもすてきな宝石よりも

もっともっと大切なものを私は持っている。

どんな時でも

どんな苦しい場合でも

愚痴を言わない。

参ったと泣き言を言わない。

何か方法はないだろうか

何か方法はあるはずだ

周囲を見回してみよう。

いろんな角度から眺めてみよう。

人の知恵も借りてみよう。

必ず何とかなるものである。

なぜなら打つ手は常に

無限であるからだ。

「人間がすごいのは弱いから」

どんなに苦境に陥ろうと、あきらめず、くさらず、様々な手をかんがえる。

弱さを自覚し、自分にあるものに光をあて続けたい。

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2016.08.27 | コメント(0)