院長ブログ

40にして惑わず

先日 12月8日で40歳になりました。

37歳で開業してからもうすぐ3年。

早い人では30代でも世に出て名をはせる人もいますが、
学会でも主導的な立場で壇上に出てくるのは40代の先生が多く
ここまでの30代は、40歳から飛躍するための助走だと思っていました。

開業してから3年で感じたのは
まだまだ最新のリウマチ診療は限られた施設でしか行われておらず
もっと患者さんや地域の先生に最新の診断と治療を知ってもらう必要があること。

慢性の筋肉の痛みを抱えた患者さんがたくさんいて
医者にかかってもレントゲンやMRIでは異常がないと理解されずに
痛みの悪循環から抜け出せない人がたくさんいること。

骨折を未然に防ぐ骨粗しょう症診療や
高齢者の体力づくりによる転倒予防を積極的に行い、
要介護による家族の負担を軽減して、家庭の経済活動を守ること。

いずれも、これまで力を入れて取り組んできた3本柱です。

孔子の有名な言葉です。
『子の曰く、吾れ
  十有五にして学に志す。
  三十にして立つ。    
  四十にして惑わず。
  五十にして天命を知る。
  六十にして耳順がう。
  七十にして心の欲する所に従って、
  矩を踰えず。』             

  わたしは十五歳で学問に志し、
  三十になって独立した立場を持ち、
  四十になってあれこれと迷わず、
  五十になって天命(人間の力を超えた運命)をわきまえ、
  六十になって人の言葉がすなおに聞かれ、
  七十になると思うままにふるまって、
  それで道をはずれないようになった。

ここからの10年、40にして惑わないよう
これまで以上に楽しみたいと思います。

2013.12.13 | コメント(7)

首の痛みの患者さん

今日の午後診療の遅がけに来院された患者さん。

数年前からの首の痛みを訴えてこられました。
首の左側から左前胸部、左肩甲骨~背中にかけての広範な痛みです。

寝返りを打っても痛むので、夜も20分ごとに起きてしまうとのこと。

痛みの出たきっかけは交通事故だったのですが、
その後、近くの整形外科で治療を受けるも軽快せず
痛みは強くなり、痛みの範囲も広がっていきました。

総合病院にかかってMRIも行ってもらいましたが、
特に異常は認めないとのことで
リハビリなども続けていましたが痛みはよくなりません。

画像的な原因はないから、心因性の痛みと言われ、
痛みは気のせいだとも言われていました。

本日僕のところへ来られた時には
頸椎レントゲンでは確かに加齢による経年変化は認めるものの
前屈、後屈をしてみると経年変化の部位は動きが悪くなっていました。
これはふつうの所見で、この方に限った事ではありません。

しかし、軽く首に触れるだけで、
痛みで声を上げるほどです。
首を動かすことも痛みで困難になっていました。

頚部~肩甲骨、上腕、前胸部などのトリガーポイントを
触診で丁寧に探して注射を行ったところ
これまでの首の痛みは半分近くに減りました。

痛みを抱えた患者さんはさまざまな理由が複雑に絡まって
痛み自体が難治となる悪循環に陥っています。
時にはそれが、画像には写らない筋筋膜性疼痛に
理解のない医療者の言葉だったりします。

さらに痛みはその人の人格も奪います。

表情は硬くなり、様々なドクターショッピングの上で来院するため
医療者に対して懐疑的になり、時には攻撃的にもなります。
それが医療者には、余計に心因性という印象を強くさせます。

トリガーポイント注射が万能ではありませんが、
まずは患者さんが痛いといえば本当に痛いのだと受け入れ、
そのうえで患者さんを見て、触れることで
画像検査では写らなくても痛みの原因に近づくことができます。

今日の患者さんは、
トリガーポイント注射で痛みが軽快した後
これまで心因性の痛みと言われていたのが、
自分が気のせいで痛いと思っているだけではなかったのだと確認し
何度も涙を流されていました。

画像検査は神経障害や腫瘍、骨折、感染など
重篤な病態を除外するためにも必要なことがありますが、
画像に写るものがすべてではないのです。

2013.12.06 | コメント(0)

お身体を大切に

一期一会は、
次にいつお会いできるかわからないからこそ
今この時にお会いできたことに感謝して
この瞬間にできるおもてなしを尽くすことです。

それはなにも、
お会いした時に限られたものではありません。

電話の応対一つでも伝わることがあります。

診察の終わった後の「お大事に」の一言に
元気になってね、の気持ちを込めます。

誰が読んでくれているかわからないけど、
このブログも一期一会と思って書いています。

今回はいつも引用させていただいている
メルマガ 人の心に灯をともす から
こんなお話のご紹介です。

少し長いですが、読んでみてください。

 

********************

【お身体を大切に】№1543
志賀内泰弘氏の心に響く言葉より…

アカネが配属されている

JALマイレージバンクの事務局に、
今から30分ほど前の午後5時12分、

その電話はかかってきた。

「あの…、マイレージのことで
相談に乗っていただきたいのですが…」

それは年配の女性の声だった。

「はい、どのようなご用件でしょうか」

「マイレージの名義を夫から変更したいのです」

「と申しますと…」

「夫が亡くなりまして」

 

「それは… ご愁傷(しゅうしょう)さまでした」

こうアカネが答えると、女性は沈黙してしまった。

 

「お客様、どうかなさいましたか」

「いいえ、なんでもありません。大丈夫です」

アカネは、その女性が「大丈夫です」と口にしたことが

かえって気になった。

「それでは恐れ入りますが、
まずお客様のご主人様のお名前を教えていただけますか?
もし、お手元にマイレージカードがございましたら、
お得意様番号をお知らせください」

「はい、はい。…ええと」

アカネは、普段どおりに
相続手続きの方法について説明をした。
遺産分割協議書などの書類を
すでに作成しているかなどを訊き、
印鑑証明の添付が必要な旨を説明。
もし、それがなければ、
こちらから相続手続きに関する
所定の用紙を送付することを告げた。

女性は、その間、ほとんど頷(うなず)くかのように
聞くだけ一方といった感じだった。
それが、一層、アカネには不安に感じられた。

「お手数ではございますが、よろしくお願いいたします」

「はい」

「それでは、奥様、どうぞお身体を大切になさってください」

そう言って、アカネが

電話回線のスイッチを切ろうとしたそのときだった。

「ぐっ」

言葉にならない、ため息のような、
いや、嗚咽(おえつ)にも似た声が聞こえた。
アカネは、思わず問いかけていた。

「どうかなさいましたが、お客様」

「うう…」

今度は、明らかにそれが泣き声だとわかった。

「お客様…」

何か自分は悪いことを口にしてしまったのだろうか。
この5分間ほどのことが頭の中を駆け巡った。
通常の業務内容、ありきたりの会話だったはずだ。

「お客様、大丈夫ですか?」

一拍おいて返事があった。

「ごめんなさい。嬉しかったものだから…」

(え!? 嬉しかったですって?)

女性は、続けてこんな話をしてくれた。問わず語りに。
3ヶ月ほど前、30年近く連れ添った夫を亡くした。
もうすぐ定年。

「時間ができたら、思い切って海外旅行へ行こうよ。
それも、できたらヨーロッパのどこかの町に
長期ステイがいいな」

と話していた矢先のことだった。
ご主人は、商社に勤めていたという。
そのため、海外出張が年に10回以上。
家を留守にすることも多かった。

「悪いな」と言いつつ、子育ては妻任せ。
「苦労のかけ通しだったな」と口にはするが、
会社がすべてのような人だったという。
それだけに、二人でヨーロッパへ行くというのは
夢のような話だった。

ところが…

会社から、夫が出張先の札幌のホテルで
倒れたという知らせが入った。

心筋梗塞だった。

一人で出張だったので、救命処置が遅れた。
ホテルの人が気づいたときには、
心肺が停止していたという。
そして、そのまま帰らぬ人となってしまった。

呆然とした。

しかし、悲しむ時間さえも許されなかった。
亡骸(なきがら)を家まで運ぶ手続き。
通夜と告別式の準備。
会社の人たちが主になって動いてくれたが、
喪主としてただ座っているわけにはいかない。
病院への支払い。
区役所への死亡届と埋葬許可証の申請。
次から次へと訪れる弔問客は、
知らない顔ばかりだった。

疲労困憊(ひろうこんぱい)で葬儀を終えた後、
寂しさに襲われた。

ひと月が経ち、ちょっと落ち着いた頃、
預貯金や株式、自宅不動産などの
名義変更の手続きを始めた。
これが、なんともやっかいだったという。

銀行も証券会社も、提出する書類の多いことに参った。
「これでいいはず」と持っていく。
ところが、あれが足りないこれが足りない…と
何度も追加や訂正を迫られた。
血が通っていないというか、
お役所仕事のような冷たい対応だった。

他にも区役所の住民課、国民健康保険、国民年金課、
そして社会保険事務所、税務署などへ毎日のように通った。
おおよその相続、名義変更の手続きが終わったとき、
ふと頭に浮かんだのが、
夫と約束していたヨーロッパ旅行のことだった。

海外出張が多かったので、
マイレージがずいぶんたまっていたはず。
夫も、それをあてにして算段していたはずだ。
夫のカード入れを探すと、
JALのマイレージカードが出てきた。
思い切って、カードの裏面にある番号に電話をした。
そこで出たのが、アカネだった。
そしてまた、他の役所や銀行と同じような
型通りの会話が始まった。

「またか」と思った。

どこもかしこも、無味乾燥なマニュアル通りの言葉。
仕方がない、この人もそれが仕事なのだ。
そう思いつつも、心のどっか片隅に
憤(いきどお)りと悲しみが混在してむなしくなった。

「お手数ではございますが、よろしくお願いいたします」

と言われ受話器を置こうとした、その瞬間だった。
耳元から、やさしい声が伝わってきた。

「それでは、奥様、どうぞお身体を大切になさってください」

「先ほどね、電話に出られたとき、
いの一番に『ご愁傷さまでした』っておっしゃったでしょう。
そしてね、今さっき、あなた『お身体を大切に』って。
わたしね、この3ヶ月で一番嬉しかったんですよ、その言葉が。
だって、銀行へ行っても、区役所へ行っても、
誰一人そんなやさしい言葉をかけてくれた人はいませんでしたから…」

「ごめんなさいね。わたし、涙が止まらないの」

そう言う女性の声は、ずっと震えていた。

『翼がくれた心が熱くなるいい話』PHP研究所

 

人を思いやる言葉か、自分本位の心ない言葉か。
やさしい言葉か、型通りの冷たい言葉か。
たったひと言で、人は、幸せにも、悲しくもなる。

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2013.11.17 | コメント(0)